宮地正人「歴史の中の新選組」(岩波書店2004)
新選組を学問として研究するって、かなり難しい事のようです。
何が史実なのか、風評に過ぎないものなのか。
風評であったとしても、それはそれで、そういう噂が当時流れていたという「史実」ではあるのですが、そういったデータに対する正しい評価や位置づけをした後にのみ、学問としては意味が有ることなんでしょう。この作業がなかなか大変なようです。
「本書の目的の一つは、新選組論における、歴史学の時代小説からの決別を試みるところにあり・・・」
「史実と虚構の居心地良い混淆状態」からの脱却と宮地先生は口をすっぱくして、くどい程にこの本の意図するところを述べていらっしゃいますが、それは、私のように小説やドラマで新選組に興味を持ってこの本を手にしたような輩に対してのかなり親切な仁義の切り方(^^;)とお見受けしました。
ですから、一つ一つ論を進めるに当たっては、その都度史料を提示しているので、きちんと読み込むのは大変です。学生時代を思い出します。これは勉強の為の本です。おもしろさを享受する側にも努力が必要です(^^;)。
でも、ところどころに筆者の新選組への学者である立場を離れた個人的な思いが表れているのかなあと思われる表現に出くわしたりします。
永倉新八「新選組顛末記」に関しては、「理論家というより直情径行な剣客の語り口が・・・新聞記者の聞き取りと言う後日の創作との混同や記憶の摩滅、誇張やホラ話を差し引いても、充分に利用出来る好史料」なんてところでは、山口智充演じる永倉新八が記者相手に悪気なく虚実(本人の中では真実)とホラをない交ぜに話しをしている様子が目に浮かびます。
近藤に関しては「ただ、近藤は、この場(流山での投降:のば注)において動揺するような恥ずかしい男ではなかった。新政府は薩長二藩の私的権力であるといいはなち、従容として斬首された」
この近藤の助命に失敗した土方に対しては、「創立時の同志山南敬助を切腹させ、藤堂平助を斬殺し、永倉新八・原田左之助と対立してつき放ち、そして兄事し師事した近藤勇を死なせてしまったからには、何の面目があって故郷の多摩に帰ることができようか。」と、小説顔負けの熱い表現じゃーないですか。こんなところばっかり抜き書きされるのは、きっと筆者には不本意じゃないかと思いますが(^^;)。
大人の新選組、幕末史ファンの方はぜひ一読を。









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